ひげなしおやじのひとりごと

田舎暮らし、旅と粘土遊び

永平寺へ

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今年初めておやじの本山「永平寺」にお参りしてきた。曹洞宗大本山だ。新緑が見事、それに観光客も少ない。新型インフルエンザのおかげだ。おかげと言ったら叱られるか知れないが、最近に稀な「志比の山」の静寂さを体験した。いま観光客と書いたが、最近の永平寺は「参拝客」ではなしに「観光客」でごった返している。おやじが初めてお参りしたときは、福井から京福電車でたしか「東古市」で「永平寺」行きに乗り換えての旅であった。当時は今のようにでっかい宿泊用の宿坊もなく信心者のみが静かに「座禅」をはじめ、修行僧とおなじ作法を体験したものだった。ところが今は車、々、で、山門前は駐車場を兼ねた土産物店が道に出て客の奪い合い、何とも醜い争いを繰り広げ、落ち着きがまったくない。その昔「道元禅師」が人里離れた雪深い「志比の里」に篭もって開山された名残は消え去った。

先日、同じく道元禅師と共に「宋」で如浄禅師のもとで、参学修行を続けた寂円禅師が創建された
大野市の「宝慶寺」にもお参りしたが、ここも以前は本当の山奥で参拝客も殆どなく、ただ修行僧が数人、座禅三昧の生活を送っていたが、なんと今は建築ラッシュ、今年は陛下を迎えて「植樹祭」が行われる由で”豪華”に整備中だった。また、ここにも”観光客”がわんさと詰め掛けるんじゃないか。釈尊が言われたごとく「僧たるものは人里離れた山中で静かに心を見つめなさい」はどこかに行ってしまった。ゆえに最近「良寛の生き方」に共鳴を覚える人達が増えてきたんだ。金をかけて形を残すよりも、もっと大事な大事な「心」を残そうではないか。

永平寺もおそらく陛下がお立ち寄りになるのか、あちこちを改修したり、廊下を新設したり、僧は僧で儀式のリハーサルに余念がなかった。法堂の前に座って山門を見下ろし、心静かにしていると、どこかで小鳥の声、読経の声、木魚、鐘の音が聞こえてくる。なんとも静かな心洗われるひとときだ。最近の永平寺ではこんなことは滅多に味わえない。いい時にお参りさせてもらった。はっとわれに返るとお昼が過ぎている。以前、山門前の「食堂」でそばを食べたが、あまりに不味かったのを思い出し、ほかで食べることにした。何もかもが観光化して儲け一本に走っている昨今、せめて禅の修業道場たる永平寺だけはもっと荘厳さを持続させて欲しいものだ。

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Author:だべりおやじ
「だべり小屋」主宰
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2、気を遣わない人
3、義理欠く人
4、マイセルフの人
心身ともに、ころもを脱いでお入りください。

 「だべり小屋讃歌」    
    益田兼大朗 作詞作曲  
1、夕日が落ちて 吹く風が
  やさしくつつむ 夕暮れに
  おいで集まれ みんな来い
  明日の夢を話そうよ
  若狭瓜生の だべり小屋
  呑んで歌って また呑んで
  これからは これからは
   あなたも 私も
  仲間同士になりました

2、3, 略

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