ひげなしおやじのひとりごと

田舎暮らし、旅と粘土遊び

叡山を回る

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根本中堂を出てから、一隅を照らす会館の鶴喜そばで「門前そば」を食らう。

あちこちで集めた資料で現在地を特定してこれからの行動を決めた。今日はいつも行き慣れている横川や頂上のガーデンはキャンセル、東塔と西塔に絞る。会館を出てシャトルバスで西塔へ、さらに居士林、常行堂と法華堂の間を通り抜けて釈迦堂へと歩く。

このお堂はもともとは三井寺にあったものを秀吉の命によってこの地に移築されたものだと以前訪れたときに説明を受けた、おやじは三井寺山内に疎開していたことから関心も深くこの言い伝えはよく覚えている。

ここまで来ると参拝客も少なくなって山の中の静けさを実感できる。ちょっとのこここは今まで数えきれないほど来た大好きなお堂である。少しのことでバスの団体はこの地には来ない。

バス乗り場まで急な上り坂を息を切らして登って引き返す。次は東塔の阿弥陀堂、そして法華総持院東塔に参拝、叡山はどこも坂道が多くて大変だ。何度も休憩しながら歩む。足腰の鍛錬には持って来いのところである。宗派には関係なく山の古刹を巡ることは心が落ち着く。特に伝教大師の「一隅を照らすこれ即ち国宝なり」の言葉に惹かれる。

説明を紐解いてみる。
「延暦寺は、滋賀県大津市坂本本町にあり、標高848mの比叡山全域を境内とする寺院。延暦寺の名より比叡山、また叡山と呼ばれることが多い。平安京(京都)の北にあったので北嶺(ほくれい)とも称された。平安時代初期の僧侶最澄(767年 - 822年)により開かれた日本天台宗の本山寺院である。住職(貫主)は天台座主(てんだいざす)と呼ばれ、末寺を統括する。

延暦寺は「古都京都の文化財」の一環としてユネスコの世界文化遺産に登録されている。

比叡山の山内は「東塔(とうどう)」「西塔(さいとう)」「横川(よかわ)」と呼ばれる3つの区域に分かれている。これらを総称して「三塔」と言い、さらに細分して「三塔十六谷二別所」と呼称している。このほか、滋賀県側の山麓の坂本地区には本坊の滋賀院、「里坊」と呼ばれる子院群、比叡山とは関係の深い日吉大社などがある]

伝教大師最澄が788年(延暦7年)に、一乗止観院という草庵を建てたのが始まりとされる。本尊は最澄が一刀三礼して刻んだ薬師瑠璃光如来と伝えられており(秘仏)、その宝前に灯明をかかげて以来最澄のともした灯火は1200年間一度も消えることなく輝き続けているので、不滅の法灯と呼ばれる」

帰途はここから出ている京都駅までの直行バスに乗り込んだ。満席であった。京都駅まで白川通りを銀閣寺前を経て70分、伊勢丹のデパ地下でおなじみ「御座候」を買い込んで帰りの電車でぱくついた。ウトウトしている間に「近江今津」、ああええ一日やったなあ、と健康に感謝、帰宅と相成ったのでした。エンド。
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だべりおやじ

Author:だべりおやじ
「だべり小屋」主宰
次の方 小屋入室大歓迎
1、あつかましい人
2、気を遣わない人
3、義理欠く人
4、マイセルフの人
心身ともに、ころもを脱いでお入りください。

 「だべり小屋讃歌」    
    益田兼大朗 作詞作曲  
1、夕日が落ちて 吹く風が
  やさしくつつむ 夕暮れに
  おいで集まれ みんな来い
  明日の夢を話そうよ
  若狭瓜生の だべり小屋
  呑んで歌って また呑んで
  これからは これからは
   あなたも 私も
  仲間同士になりました

2、3, 略

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