ひげなしおやじのひとりごと

田舎暮らし、旅と粘土遊び

わが人生を振り返る その2

1944年に縁故疎開で居住地を「若狭」に移して以来、人生の大半をこの地で過ごしてきた。
おかげで戦争の被害や飢えもなく、風光明媚なところであった。
白米を食えるだけでうれしかった。
町人から百姓への環境の大変化であった。

地元の高校を経て地方銀行に就職、行員はおやじを含めて3人の小さな出張所であった。
朝はコンロの火おこしから始まる予想もしない業務だ。一日来店客は数人、暇を持て余した退屈な日々であった。
勤務中に「鉱石ラジオ」を組み立ててみたり、散歩に出かけたり、予想もしなかった時間を送った。
当然店の成績は大赤字、呑気で無駄な時間を過ごしていた。
そのせいか、入行2年目で店は廃止に至り、汽車で30分にある支店に転勤、ここで7年間もの間、百姓の人たちを顧客に、預金勧誘に没頭したものだ。そして毎朝、通勤の途中、駅から小さな商店街を「日掛け」という一店あたり、数百円の金を集金しながら出勤、して整理するのが午前中の日課であった。
数年の間には顧客との間は信頼が生まれて後には親戚付き合い、にも勝る親密さの中、どこの猫がどこにもらわれて行ったのまで
知りうる人間関係を築いたものだ。
当時は米不足ゆえ百姓の全盛時代であった。米の収穫期には休日も返上して農村回りが日課、農協に振り込まれる「米」の代金を預け替えしていただくための勧誘に、連日連夜頼んで廻ったものだ。

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だべりおやじ

Author:だべりおやじ
「だべり小屋」主宰
次の方 小屋入室大歓迎
1、あつかましい人
2、気を遣わない人
3、義理欠く人
4、マイセルフの人
心身ともに、ころもを脱いでお入りください。

 「だべり小屋讃歌」    
    益田兼大朗 作詞作曲  
1、夕日が落ちて 吹く風が
  やさしくつつむ 夕暮れに
  おいで集まれ みんな来い
  明日の夢を話そうよ
  若狭瓜生の だべり小屋
  呑んで歌って また呑んで
  これからは これからは
   あなたも 私も
  仲間同士になりました

2、3, 略

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