
京都府園部にある伝統工芸大学の学生作品展を見た。もちろん初めてである。学校は園部駅を少し登った高台の絶好のロケーションに建てられている。陶芸をはじめとして10部門にわたる専攻課程があり、先ず陶芸作品について見る。
各セクションには学生がそれぞれ説明役にいてくれる。おやじ早速聞いた。 「ここは学生は何人くらい?」「約300人でうち陶芸には約100人が学んでいます」「あんたは何年生?」「今年入ったところです」「家はやきものやさん?」「違います。家は出石で近くに陶芸をやっているところがあり、幼い時からどうしてもやりたかったんです。」「出石焼ねえ、あそこは磁器やねえ、楽しい?」「ものすごく楽しいです。磁器は難しいのでまだやってません、将来は地元に帰って窯を築きたいと思っています。漠然と学校に通っている仲間が多いですが私はああいうのはきらいです。目的に向かって頑張るつもりです。」「手は器用?」「普通です。器用な子ははじめはうまいですが、少しずつ上達はしますが止まります。素直な性格で意思の強い子は不器用でもはじめはなかなか腕があがりませんが、あるきっかけを掴むと急に限りなく腕があがるものです」。これを聞いておやじなんと立派な若者がいるものだなあと感心した。
いまはロクロで自分の恵まれた体力と腕の力で一度に18キロの土まで引くことが出来るようになったそうだ。少しづつ量を増していくという。その他種々おやじの問いに快く答えてくれた。その他の学生達も素直で礼儀正しく好感を持てた。一芸を目指していると人間はこうも素直になれるのか。
さらに仏像彫刻の部門、もうこれはプロの世界だ。凄い。圧倒された。彫刻の顔の表情、細かい細工、おやじも欲しくなった。こんな子をもつ親は将来楽しみだろうなあと思った。蒔絵、金属工芸、漆、和紙、木工、を経て最後に石工芸を覗いた。
おやじは昔から、石に関しては少々関心があり、あちこち産地に出かけて勉強もしたものだった。そこで聞いた。「今ここは生徒は何人?」「去年入った4人だけです。今年はだれも入ってきません」「あんたは石屋のむすこさん?」「ちがいます。石屋の子供はひとりだけです」
もうそれ以上は聞かなかった。と言うよりも石屋の現状を知っているおやじには聞けなかったのだ。傍にはひとりが石を黙々と叩いて面を取っている。人々の暮らしの変化と石加工の機械化、中国、韓国からの安価な製品の輸入により、日本の石屋は壊滅的で半減した。にも係わらず、従来からの技法でこつこつと腕を磨こうと日々研鑽に励んでいる若者に危惧を感じた。しんどいし危険、そして肺を冒す職業病、大変な仕事である。まさに修養以外のの何物でもない。付近には作られた灯篭や手水鉢が数多く放置されていた。このうちどれだけの生徒が目指す職業について、成功することが出来るのか、せめて純粋な若者の夢を壊さないようにだけはして欲しいと願った。
終日大きな校舎を回ったので足がだるくなった。昼に学生と一緒に食べた学生食堂での360円の「きつねうどん」はうまかった。ここはおやじの年令でも生徒として受け入れてくれるが、今更入学する意欲は持たない。しかし、おやじの近くに住む小学校の教師あがりのやきものの先生は、定年後にここで2年間じっくりと陶芸を学び、今もロクロに懸命だ。最もおやじよりも一周り若いが。・・・・
帰りには今晩のビールのアテにしようと学生がやっているバザーで「丹波の黒豆」を購入した。