プロフィール

だべりおやじ

Author:だべりおやじ
「だべり小屋」主宰
次の方 小屋入室大歓迎
1、あつかましい人
2、気を遣わない人
3、義理欠く人
4、マイセルフの人
心身ともに、ころもを脱いでお入りください。

 「だべり小屋讃歌」    
    益田兼大朗 作詞作曲  
1、夕日が落ちて 吹く風が
  やさしくつつむ 夕暮れに
  おいで集まれ みんな来い
  明日の夢を話そうよ
  若狭瓜生の だべり小屋
  呑んで歌って また呑んで
  これからは これからは
   あなたも 私も
  仲間同士になりました

2、ひとりで絶えて 泣かないで
  悲しみここに 捨てに来い
  星を見上げて 呑むも良し 
  あの日の古い 唄も良し
  ヒゲのおやじの だべり小屋
  一期一会の ログハウス
  これからは こらからは
   あなたも 私も 
  仲間同士に なりました 

3, 略


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コビト時計2


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連休終わり

BULOG2009.6-2009.7 023

連休の最後は早朝から小屋の風呂を沸かして熱い湯で入ってみた。目をつぶって信州のなじみの宿で毎朝入る野天風呂を頭に描きながら、足からゆっくりとはいっていく。目を閉じてしばしの間静止して温泉をイメージする。小屋の風呂は滅多に沸かさないがこうやって休日には湯治気分を味あうのだ。

風呂からあがると朝の空気がすがすがしい。これから食堂(母屋)でいつものパンと豆乳をいただくことにしよう。

昨日は元造り酒屋の友が「斗瓶」(とびん)を持って来てくれた。昭和の初期に作られたもので、昔はお得意先の酒飲みの家にこの瓶を貸し付けておき、中身の酒がなくなると客がこれを持って行って造り酒屋で中身を補充してもらったという。この「斗瓶」には番号がつけてあり、分厚い大福帳のような帳簿で顧客を番号管理していたそうだ。貴重なお宝だが時代の流れで廃業の憂き目に至り、置いてあったものをわざわざ届けてくれたもので、大事にわが小屋におかしてもらうことにした。

酒造業界の現況についての話を聞いた。昔は年に一度酒造米の収穫期に杜氏を呼んで一気に酒を作ったものだが今は大手の酒造メーカーは年中を通して同じ条件の温度、湿度管理で自社で仕込むことが出来るゆえ、新酒は年中毎月生産ができる。

従来、地方のメーカーは自社販売できない余った分は「桶売り」(未納税移出)といってタンクで大手のメーカーに一括引き取ってもらい、大手は全国から集めた各地の酒をのをブレンドして自社のブランドで一般に売り出していた。現在は大手が自社だけの生産で充分賄えるから地方のメーカーからの仕入れは激減した。

零細な地方の造り酒屋は生き残り策として杜氏職を社長が兼務、作業員、配達員などすべてを家族だけでやっているところだけがどうにか生き残っているのだそうだ。本当に世の変化は激しくて怖い。
みんな大変だなあ。・・・・・・
11月23日記

連休二日目

BULOG2009.6-2009.7 020
連休2日目、小屋の2階でハーモニカで「ふるさと」「琵琶湖周遊のの歌」を吹く。これは歯が抜けていても楽しめる。

福井に住む結婚式のプロのピアノ伴奏をしているの先生からメールがきた。「3連休のうち2日間で挙式6本でした。今日はいい夫婦(1122)日で婚礼が全国的に多いようです。明日は仏滅で挙式はないのですが、午後からロスアミ(バンド名)練習です。指示曲練習捗りましたか?ハーモニカは普通の楽器と違い、吸う吐くがあるので呼吸器官にいいようです。」とある。今度ピアノを伴奏していただいて合奏しなければならぬかも。笑われないように頑張って練習しなければ。・・・・

午後、体力作りに裏の山林に出かけてみた。獣よけの柵を解いて車でゆっくりと登る。歩いて登るのは熊やイノシシに出会うと困るから車にした。永らく我が所有の山林も見ていないので行ってみた。以前は雪で折れた針葉樹が横たわって歩くのにも大変だった場所が、倒木も朽ち果てて案外すっきりとしている。しかし風雨に晒されて山道が消え、平地が川に、川が一面平地になったりと様変わり、なんとも哀れなざまをしていた。

子供のときに杉林の間を竹スキーで滑りぬけた箇所も思い出そうとするもはっきりしない。柿やあけびを採ったところも今は跡形なし。先代が懸命に植えた木もいまや40−60年を経て用材として最高の時期を迎えているが、わが国の木は山から搬出して建築用材にすると赤字で殆ど使われないとのこと。採算が合わなくなったら、だれも山へ寄り付かなくなった。我が家の山林もどこが境界かはっきりとは分からない。昔は他人の木を切ったとかよく境界で争いが起きたものが、それも価値が下がることによってみんな無関心となり、どうでも良くなった。孫の時代にはまったく各持ち主も分からなくなるのは必定、世の中の変わりは激しい。山林に関しての価値観がまるっきり変化した。先代がこの有様を見たら何と言うだろう。荒れ果てた山林に自然で芽生えた「ミツマタ」だけが元気良く群生していた。
11月22日記 
    ミツマタの群生
BULOG2009.6-2009.7 021




11月22日記


3連休を過ごす

renzu.jpg   rennzu2.jpg  nikon.jpg

11月21日記
今日から三連休、毎日が日曜日のおやじは小屋でおとなしくしていよう。どこに出かけても人、人、人、いつも懸命に働いている人たちの家族団欒の時間を邪魔しないでおこう。ブログを打ちながら予定なき予定をたてる。過去の日記を見てみると一昨年は「カニ食べる」去年は「やきものつくり」が主、さて今年は?。寝床で永年漬物になっている本でも引っ張り出して読むか?それとも?と思いは枯野じゃなしに剥げた頭をかけめぐる。

「小原庄助さん なんで身上つぶした 朝寝 朝酒 朝湯が大好きで それで身上つぶした ああもっともだ もっともだ」 小原庄助 さんでいくか。

家人が家の周りの樹木、花などの写真を撮りたいという。自分の古いバカチョンカメラはフイルムは充填されていないとのこと。おやじのフイルム式一眼レフもほコリを被っているので取り出してみた。まだ数枚撮ってあるだけであとはそのままで置いてある。残りを使い果たすようにカメラを手渡した。

この一眼レフは若い時から随分使ったものだ。交換レンズは標準はもとより望遠や広角も揃っている。もういまや殆どがデジタルカメラの時代、この古いレンズ群を再利用できないものかとネットで調べてみた。すると同じメーカーでマウントが同じなら使えそうだ。せっかちおやじ, メーカーの仕様をよく調べてデジタル一眼レフを発注することにした。これでオーケーならまさしく資源の再利用、商品の来るのを楽しみに待つことにした。ああ良かった。気になっていた古い愛着あるレンズが再使用できる。ワクワク

信州の近況

suzume2.jpg   suzume.jpg


野尻湖の近くの山小屋おやじからのブログに 「天気雪。明け方から雨が雪に変わりました、道路は積雪にはなっておりませんが周囲は雪に覆われました。気温は終日1度前後、寒い一日です。明日、見舞いで急遽上京する事となり雑用種々本日中にクリアーで多忙な一日です。明日はノーマルタイヤで上京予定、雪は夕方に上がる事を信じます…。15:40記。」

19日は「一茶忌」という。ここ信州は有名人特に文化人が多数出ているところだ、自然がそのまま残っているので素直にその中に取り込めるからだとおやじは思っている。 文政10年(1827)11月19日、俳人・小林一茶が亡くなった。江戸時代の俳人といえば、まずは松尾芭蕉と与謝蕪村の二大巨匠が輝いているが、それに続く存在がこの小林一茶であろう。

「めでたさも 中くらいなり おらが春」  「やせ蛙 負けるな 一茶ここにあり」  「雀の子 そこのけそこのけ  お馬が通る」  「名月を 取ってくれろと 泣く子かな」  「我と来て 遊べや 親のない雀」

どの句をとっても一茶の人柄が偲ばれる。信州は昔から裕福なところではない。物質的にはそうかも知れないが、心の面ではスゴーク恵まれているのではないか。おやじはいつもそう思っている。
「コンクリートから人へ」へと言ったのも長野県知事だ。人間性が滲み出ている信州はおやじを待っていてくれる。それが何よりうれしい。

湖東三山へ

daikoku2.jpg   daikoku3.jpg

  

 湖東三山(ことうさんざん)は、西明寺、金剛輪寺、百済寺の三つの天台宗寺院の総称。琵琶湖の東、鈴鹿山脈の西山腹に位置し、永源寺と共に紅葉の名所として知られている。今まで何回となくお参りしているが、体力作りも兼ねて、また訪ねてみた。

相変わらず紅葉の季節だけは各地から何十台となく観光バスが押し寄せる。たくさんの人垣の中を「すみません、すみません」と駆け抜けて行く若い女性がいる。良く見るとバスガイドだ。小脇にたくさんの帳面などをを抱えている。乗客から預かった納経帳や掛け軸である。みんながお参りをしている間に少しでも早くお寺のサインを貰おうと受付に走りぬけるのである。なんでも仕事となれば大変だなあ、と思いやる。

おやじはこのような御朱印帳にはまったく関心はない。よく同級生などから、西国参りはしたか?と聞かれる。「掛け軸が出来たよ」とかあと何番と何番だけはまだだとか話されるが、興味はない。ただ家人の運転手で何年もかけて立ち寄って全部お参りはしたそうだから行ったのだろう。そんなことはどうでも良い。苦しいときの神や仏頼みは一切したくない。

金剛輪寺での僧の説明、「沢山の仏さんを安置させてもらってますがその中に七福神のひとつ「大黒天」がおまつりしてありますが、この神さんは七福神のひとつ、お金に恵まれる神様で小さなお守りをお求めになって、いついも財布に入れておかれると生涯お金に苦労されることはありません」とのこと。

説明が終わり、人の最後から各仏像を丁寧に拝観して裏に回るとたくさんの人が列をなしている。何事かとよく見るとその「お守り」を購入するのに懸命だ。 おやじ醒めた目で一瞬滑稽になった。「なんとみんな真面目な人やなあ」そんなことで金が貯まるくらいなら苦労はないわ。おやじなら「お守りをいつも肌から離さないとおかねが増えて苦労しまっせ」と言いたい。この行列をカメラにおさめて「善男善女」または「欲の行列」と題してブログに掲載しようかなと考えたが写真撮影禁止と書いてある。

ひとりでこんなことを考えながら「クスクス」と笑いが起きてきたひとときであった。

こんなおやじは死んでもええとこへはいけまへんな!   ウフフ・・・・・。閻魔さんが待ってはるかもねえ。

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