
JR京都駅から高槻にむかって二つ目に今年新しく開業した「桂川駅」があり、この近く物集街道(もずめかいどう)に沿ったところに娘夫婦が営む設計事務所がある。
そこで長岡京市の西山浄土宗総本山「金明寺」に紅葉を見に行くために「桂川」から娘に白タクを頼んだ。今日はそのくらいなら時間はとれるとのことで、急遽紅葉見物としゃれこんだ。駅前でちっちゃな車で迎えてくれた。「金明寺」は毎年のように来ている。向かって左側の参道のもみじがお気に入りだ。はじめて訪れた時は、ほとんど人もなく自由に散策できてその素晴らしさに感動したことが思いだされる。
しかし最近は紅葉を見に来る人たちがうなぎ昇りに増えて参道は一方通行、拝観料を支払う事務所までが新設されて人の波に流されてもみじどころではない。参拝というよりもまつりの見物のように、屋台や地元の産物などの店が軒を並べて商い気分が濃厚だ。
おそらくここの住職も代が代わって、経済優先の若者が仕切っているのだろう。心の最後の糧と寄り付くお寺が徐々にこうなっていくのは心さみしい。そのおかげかこの寺も羽振りが良く建物を増築のさなかであった。なかなか手に入らないヒノキやケヤキの太い材ががところ狭しと積み上げられて出番を待っていた。もうこんなところに来るのも少ないだろうとふと寂しくなってしまった。
ちなみにこの寺のホームページには「平成14年度は脱サラの30歳から高校を卒業してストレートに入ってきた18歳の若者10人が同じ釜のご飯を食べ、笑い、泣き、腹を立て、仲直りしたりしながら一団となって光明寺を24時間支えています。」とある。それでガッテンできた。お寺の名前どおり、お金に執着しだしたのだ。来週には阿弥陀堂でジャズライブが催されるらしい。阿弥陀さんや法然さんが驚かれることだろう。本来、静かであるべき寺院がドンチャカドンチャカはふさわない。おやじはジャズの本場「シカゴ」のカフェやホールで聴いた「ディキシーランドジャズ」や、わが小屋のCDで流す「モダンジャズ」は大好きだが・・・・。
ここは心から物に主体は変わりつつあるようだ。ハードからソフトへ変わりつつある政治の世界に反し、時代を逆行している。
阪急やJRの駅から遠くて便利が悪く、バスも本数が少なくて穴場であったが最近は直接、全国から観光バスで来る人たちで小さな駐車場も満車、自家用車は置き場もない。効率の良い団体さん大歓迎といったところか、ひとときの温泉旅館並みだ。
拝観料をとらない寺院が大好き人間のおやじだが、だんだんとそういうところが減っていく。
先日、京都市内のタクシーの運転手に「京の穴場は?」と聞いたら「真如堂とその隣の金戒光明寺ですね。」と教えてくれたが、正直びっくりしたものだった。ここはまさしくおやじの「隠し場」なんだ。残念! 運転手が宣伝すればもう終わり。とがっくり、またどこかに足を伸ばせて違う穴場を探さなきゃと思うこの頃だ。金戒光明寺の正面本堂階段でボサーッと座り込んで遠くに聞える三部経を聞く時間がなくなるのは残念だ。同じ浄土宗の本山でもこれだけ違うとは。・・・・・・。