プロフィール

だべりおやじ

Author:だべりおやじ
「だべり小屋」主宰
次の方 小屋入室大歓迎
1、あつかましい人
2、気を遣わない人
3、義理欠く人
4、マイセルフの人
心身ともに、ころもを脱いでお入りください。

 「だべり小屋讃歌」    
    益田兼大朗 作詞作曲  
1、夕日が落ちて 吹く風が
  やさしくつつむ 夕暮れに
  おいで集まれ みんな来い
  明日の夢を話そうよ
  若狭瓜生の だべり小屋
  呑んで歌って また呑んで
  これからは これからは
   あなたも 私も
  仲間同士になりました

2、ひとりで絶えて 泣かないで
  悲しみここに 捨てに来い
  星を見上げて 呑むも良し 
  あの日の古い 唄も良し
  ヒゲのおやじの だべり小屋
  一期一会の ログハウス
  これからは こらからは
   あなたも 私も 
  仲間同士に なりました 

3, 略


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全国伝統的工芸品まつり

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市立博物館の「京の名工展」に続き「全国伝統的工芸品まつりきょうと」が、京都市左京区の「みやこめっせ」で開かれている。全国の伝統工芸士の伝統的技術。技法を駆使した作品や暮らしの中で使う工芸品の展示に訪れた人たちが、各地の伝統工芸品を見て回り、奥深い伝統の技に触れていた。

 会場には、みやびな西陣織や京焼・清水焼など京の逸品をはじめ、輪島塗や奈良筆、播州そろばんなど各地の工芸品がずらり並び、熟練職人たちが技を披露した。来場者の製作体験やステージイベント、物産市などもあり、大勢の市民らでにぎわっていた。

京の年中行事を元旦の屠蘇器、雑煮碗から睦月、如月、弥生と月ごとにコーナーが設けられて京の文化の奥ゆかしさを感じさせた。さらに人生の通過儀礼としての出産から七五三、結婚、家建て、葬儀、法要に至る過程、葵祭、祇園祭、時代祭までの関連用品が、衣食住に関した工芸品として並べられていた。

さらに全国からそれぞれのお国自慢の工芸品や名産品の展示即売もあいり目を頼ませてくれ、京仏壇の三千八百万円には度肝を抜かれた。ほかに大阪仏壇、彦根仏壇等もあった。京組みひも、京鹿の子、京黒紋付染め、京友禅、京指物、京漆器、京人形、京焼、京表具など京のついたものだけでも見飽きない。おやじは全国の出品から天草の波佐見焼のぐいのみが目についたので手に入れた。ここだけで珍しいものが見る事ができ、手に入れられることは目の保養にもなり、さすが文化の都、京都での有意義な一日であった。

ネットブック

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おかげでブログは400回を超えた。取材?のため旅に昔購入した大きな重いPCを持ち歩くことも多くなった。そこで最近人気のミニPCを買うことにした。種々ネットの「価格COM」などで探していかに安くかつおやじに合うものをと吟味した結果、台湾製のASUSに決めた。へそ曲がりのおやじはウインドウズセブンが発売になったから、逆にオフィスマンに今でも人気のある、前の世代ウインドウズXP搭載のものにした。今、家で使っているのもXPだ。凄く安くなったのと使いよいからだ。

3万円余でアマゾンで購入したら注文2日目で送ってきた。早速荷を解いて初期設定、心配していたネットの無線LANの接続設定は難なく成功、100メートルくらい離れた母屋でも電波は弱まるも問題なく使用できた。本当に感度はよくなった。科学の進歩はすごい。

小さくて軽いので小脇に挟んで持ち歩き、バッテリーは10時間オーケーとのことで心配なく外出先で使うことが出来る。よく新幹線などで若いビジネスマンがエクセルなどを使って仕事をしているのを横目で見たことだったがようやくおじんにも出番が周ってきた。

これで旅先や車の中や、公園でと青空を仰ぎながら取材?が出来るようになった。カメラもマイクもスピーカーもすべてが着いているから出先背のメールやニュースなどこれからボチボチ使い方を学んで使いこなそう。

小学校5年の孫も今はDSで遊んでいるがどうもキーのついたミニノートが欲しいようだ。今度のバースディにはお祝いに贈られる予定だ。キー操作をうんと学んでCP操作に慣れるように練習するのも良かろう。

おやじもブログ500回に向けてこのネットブックのキーを打ち続けよう。

名工展を見る

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秋は各種展覧会のラッシュ、京都府伝統産業優秀技術者作品展「京の名工展」を」みた。永年にわたって伝統産業に従事し、優れた技術の名工達の作品展示であった。さすがに伝統産業の都の匠たちゆえ、目を見張る作品であった。

染色、陶磁器、人形、、表具、織等々の分野である。入ったとたんにこれは格式高い催しだなあと直感した。女性はすべて着物、男性はスーツ、もしくは利休風の装束で出迎えてくれた。人もまばらでひとつひとつ丹念に見せてもらった。しばらくしたら外人さんが十数人入ってきた。すると出品者らしき人も説明に一緒のようだ。中に見覚えの顔が現れた。そうだ京都府の知事である。どうも府が招いた賓客のお供をしているらしい。

おやじもともに並んで作品を鑑賞、カメラマンも同行している。若いときにはこういう場所によく出席していたが、こんな雰囲気は随分久しぶりである。青空市のように即売の所は客も多いが本式の展覧会となるとよほど興味のある人でないと来ないようだ。

特に印象に残ったのは京都ならではの時代祭の用品の組み紐や高級な京仏壇、京人形。象嵌箪笥、さすがに京都、出品の質が違っていた。有名な「匠」の人から気軽に声をかけていただいた。「今日はあったかいどすな、ゆっくりみていっておくれやっしゃ」の京言葉に気持ちが安らいだ。人間は上になるほど「こうべをたれる」とつくづく思う。苦労が言葉や態度に表れる。「実るほどに頭を垂れる稲穂かな」が思い出された。おやじ自己反省しきり。何とも有意義な展覧会であった。お会いしたすべての皆様に感謝!

天気予報について

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この文明の進んだ世の中に「天気予報」ほど当たらないものはない。予報じゃなくして結果についてはもっともらしく講釈しているが、予報は外れても謝りもなく、清々としている。あたるも八卦、あたらぬも八卦、天気予報も良く似ている。

先日の18号台風の進路について気象庁と民間の気象予報会社(ウェザーニュース)がもめている。これも役人と民間の争いだ。大体、勝負はついている。税金で、のうのうとやっている気象庁と会社の生死をかけて取り組んでいる人たちでは勝負にならない。民間会社は会員からサポーターと呼ばれる全国の有料会員の、インターネットによる情報を元に分析している。役人の机上の解析か、民間の現場第一との分析の違いだ。外は雨でも今日は晴天でしょうと机上でのとんでもない予報を流す。現場の予報の資料に全国の漁師の声を取り入れるのも面白い。広範にわたって組織化すれば命をかけている人たちの素晴らしい予報が出来上がるのではないか。しかも投資はほとんど不要だ。

気象庁はいくつもの予報は混乱を来たすから一元化をしなければ、という。予報会社の認許可権を持っている役所らしい発想だ。われわれはお互いに競わすことによって少しでも正確にと考える。

間違いの多い気象庁の予報はひとつにして、役所について来いとのこと。間違ったほうに正確な情報を合わせとの言うことだ。ついていったら余計に混乱を来たすではないか。民間会社は「独自分析に自信」があると言っている。どんどん合い争って民間が勝てば「気象庁」は廃止、莫大な無駄な投資と、役人は首にすることだ。それが怖いから言っているだけだ。

メディアも両者の天気予報コンペを企画して世にさらし、どちらが正確かを争わせたら面白い。おそらく役人側は、なんとかかんとか理屈をつけて負けるコンペに反対するだろけれども・・・・。

地震の震源も震度も何回も訂正することが当り前、黙っているほうが国民は惑わされない。

現在の天気の状況でさえあたらない予報が、今冬や来年の長期予報が当たるわけがない。おやじは旅に出るときは天気予報はまったく当てにしていない。にも拘らず「晴れおやじ」でとおっている。

九州のやきもの その4

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続き
小鹿田の次は同じく山の中の小石原を散策、車で谷を入ると小石原、静かな森に囲まれた山里に約50軒の「小石原焼」の窯元がある。小鹿田とは兄弟のような窯場だ。ところが小石原は福岡県、小鹿田は大分県、両窯場ともに近くだが、二つを結ぶ交通機関はなく、情報の交換も薄いみたいだった。作風はよく似ていて発祥は同じのようだ。、

小石原焼伝統産業会館に立ち寄った。それぞれの窯元の作品が展示即売されていた。先ず目に付いたのはおやじ好みの作品が買いよい価格で売られていたことだ。みやげを兼ねて数点手に入れた。高取焼という窯場もあり一緒に並んでいた。以後、ここが気に入って小鹿田とともに再度訪れることになる。それくらいおやじ好みの窯元が並んでいた。実際に作っている者から見てこんな廉価で売って採算はとれるのだろうかと心配になる産地であった。

ここを過ぎて今度は福岡県の「上野焼(あがのやき)」へ。細川忠興が関が原の功により、小倉城に入って朝鮮から渡来陶工をを招き、窯を開かせ、「御用窯」を築いた。と言われている。立ち寄ったが街に近いからか殿様向きか、かなり値が張ったので目の正月に留めた。小石原の商いとはコンセプトが違う。いささかプライドが高いように感じられた。再び行こうとは思わない産地であった。
続く

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